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※順不同 敬称略

友部正人(シンガー・ソングライター)

この映画の中で最初に主人公が口にするロックという言葉は、混ぜ物のないとても美しい響きを持っていた。まるでそれまでロックなんて一度もやって来なかったかのように。だけど主人公はロックを思い出した瞬間にロックを忘れてしまった。 ロックは考えることから開放されることなのに、考えの中に閉じ込められた。楽器を持たずにロックするのはむずかしい。

できればぼくはこの映画で、ロックという言葉をあんなに美しく発音した主人公の、もう少し先までを見てみたかった。

 

桐田勝治(「GARGOYLE」&「ザ・クロマニヨンズ」ドラマー

回れ!回れ!自分の力でドンドン回れ!
いらないを吹っ飛ばして。
ほしいものを巻き込んで。

さあ、パッといこうぜ。

 

大久保伸隆(シンガー・ソングライターex.Something ELse

夢、とか。ロック、とか。

想いや、叫び。
この映画には、不器用だからこそ、人の心に置いていくモノがあるのだと思う。
そして最後まで観た自分の心にも、残していったモノがある。

 

小林政広(映画監督『バッシング』『日本の悲劇』)

生きてるのか、死んでるのか、わからない感覚。転落したらしい人生。友情と仲間意識と裏切りと。若い頃の苦い経験を嫌という程思い出させてくれた。男なのか女なのかわからない初めて会った監督とシナリオを書いたというもう一人の青年。彼らの作品には、熱い血が流れている。

―監督からのメールに、これを作らなければ、前に進めない! との言葉があった。

それを読んで、少し、安心した。

映画の中でも、(劇中劇の中でも、)主人公は立ち止まり、内省し、友情やら、仲間意識やら、恋人やらの事を思い、中途半端に思えたからだ。

小説のダメ出しをされて、怒って席を立つ――のは、簡単だ。

それが若者なのかも知れない。

似非ホームレス体験と未だ、処分せずにいる原付バイクの存在。

甘いだろ? と、口をついて出て来る。

『もっとうまくやればいいのに』と思った瞬間に、この映画に囚われてしまっている自分を感じた。

混沌とした、未整理の映画なのに――だ!

いや、だからこそ、観る人の心に、刺さる熱があるのだ。

 

サトウトシキ(映画監督『青二才』

厭な世の中になったと思う。油断するといつの間にか何かの一片にさせられている。実業家も役人も政治屋もやくざも音楽屋もこじきもニートや引きこもりや映画屋や、勝ちとか負けとか、娯楽とか芸術とか。大した違いもないくせに知ったかぶる奴、語りたがる奴が多過ぎで。大体そんな奴を信じないことにしている。所詮はどの野郎もたかだか人だろう。だからオレは『花火思想』を応援する。監督の大木も主演の櫻井もそれがよく分かっている。まだ捨てたもんじゃないんじゃないかと思わせる。思い違いなのかもしれないが・・・。この映画は生きること、いまだそれに懸命なのだから。

 

井土紀州(映画監督『百年の絶唱』『マリア狂騒曲』)

カメラと情熱だけを武器に蜂起した持たざる者たちのシュプレヒコール!

これが新しい世代の映画一揆だ!

私はこんな映画と出会うために、若者たちと付き合ってきたのだ。

 

鈴木太一(映画監督『くそガキの告白』)

ああ、よくあるダメ人間の青春ものか、しばらくそんな風におもいながら映画を観ていた。
でも、序盤にあの人が言った一言がずっと忘れられない。
気づいたら、映画が奮い立った。
この作り手にしか作れない、映画への思いがあふれ出た。
やったあ!とおもった。
俺も奮い立った。
この映画にも、クソみたいな社会にも、あいつにも、おまえにも、自分にも、負けるもんか!

 

沖島勲(映画監督『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』)

 

「ガスが充満しているような映画だ。」

 

宇治茶(映画監督『燃える仏像人間』

制限速度内でホンダのTODAYをぶっとばして、道端で寝る、というのには身に覚えがあります。バイトもこの映画でいう「バックレるに近い」ことをしてしまったし。

登場人物たちの台詞ひとつひとつも、お酒を飲んだり、河原で黄昏れたりするときに一度は考えたことのあるような、恥ずかしくなるような言葉ばっかり。

全てをさらけ出した同い年の大木萠さん渾身の初監督作品。負けへんぞー。

 

佃 光

(映画監督『NYANCO』『フールジャパンABC・オブ・鉄ドン:N』

「正気にては大業ならず」どうにか大業をなしたい我々。冒頭の標語を信ずるならば正気であってはならなくて、すなわち狂気の状態に在る必要があるのだけれども、生活のための仕事(例:ワード文書の段組みを整える)/肉親知人のライフイベント(例:友人の結婚や肉親の入院)/説教好きなアホのポジショントーク/狂気に飲み込まれてしまった元同胞のケア/貧乏/などなどが我々から狂気と創作の時間を容赦なく奪い去ります。狂気あやうし。(狂気を補給するために僕が日々している工夫がいろいろあるのですが、それは余談になるのでまたいつか。)さて、本作の主人公・優介もそんな状況に嫌気がさし、仕事を捨てて家を飛び出し、ホームレス生活に突入するが果たして。がんばれ優介、ぶち殺せ!あと、クライマックスではみんな大好きなあの曲の、みんなのハートを奪ったあのバージョンがかかります!

優介は我々の歩いた後の轍をウジウジ彷徨っているオールドファッション野郎なのか?それとも我々こそが周回遅れのヘボ野郎なのか?! どっちなんだ?

ヘイ、明日はこっちだ!

 

松村 厚(大阪 第七藝術劇場 支配人

カメラワーク、シナリオ構成、役者たちの演技・・・どれ一つ取っても私の趣味じゃない。しかし何故か嫌いになれない。何か惹き付けられる。ロックミュージャンを目指している若者が主人公なのに音楽でロックしない。クライマックスの岡林信康の唄が何故かこのありふれた物語を心地よいものに変えてしまう。監督、卑怯だよと叫びたくもなるが、それでも観客に監督自身も主人公同様に掴めない何かを伝えたいという熱気はある。だから応援したくなる。

「花火思想」。とてもいいタイトルだ。

 

切通理作(文筆家

頭を殴られたようなショックを受けた。いま自分がここに立っていることを問い直される。「何かに反抗しているように見えて、何かに寄りかかっていはしないか」「野心を持っているかに見えて、実は思考停止していないか」……若者の青臭い叫びだと一笑にふすことは出来ない。これからもフト立ち止まった時、何度も振り返る石ころのような映画になるだろう。

 

中沢健(作家・脚本家『燃える仏像人間』

そうか、僕が映画を見て気持ち良く拍手していたのは、気持ち良く現実逃避をさせてもらっていた時だったんだということに、この逃げ道の一切用意されていない映画を見て、拍手をすることも忘れてしまったことで気付かされた。

映画なんだから、ちょっとは気持ち良く、現実から逃げ出させてくれよと文句を言いたい気持ちも抱きつつ、僕はこの映画のことは決して嫌いになれないだろう。

あ、最後に。

僕も、馬のマスクを被って原稿を書きたくなったぜ!

大畑創(映画監督『大拳銃』『へんげ』)

銭湯の湯船に浸かりながら吸う安煙草。パチンコで勝ったチョットした金で飲む安居酒屋のビール。とてもおいしそうだった。あの人たち、どっかの汚い池で勝手にコイを釣って食ったりしてるんだろうな。

 

今井真(映画監督『アナタの白子に戻り鰹』)

この映画を作った連中の事はよく知っている。
一日だけ手伝いに行き、撮影終わりに新宿三丁目で餃子を食わしてくれた。
長期間ロケで憔悴しているスタッフの顔を見て、もっと効率的に撮影したらどうかと言ったら、おれたちにはこれしかできねえから、と笑ってた。
餃子の味は覚えてない。

整ったものを目指すのが当たり前という同世代の感覚とは、はたから見たら心配するほどベクトルが違うけど、これは、野蛮で不器用でヘタクソだけど、これしかできねえんだよ、というおれたちの映画だと思う。

 

川原康臣(映画監督『ゆれもせで』)

この映画には主人公が出会ったホームレスたちと河原で拾ってきたお寿司を食べるシーンがある。
このシーンを観ると、なぜか彼らと出会い、お寿司が食べたくなる。
と、自分に血が通っているのがよくわかる。
血が通った自分に、この映画は「ロックンロールしろ」と叫んでいる。

「うるせぇな。ロックンロールって何や?」
と聞いても、答えずにただただ叫び返す。
うるさい奴だが、見終わってから三日間くらい叫んでいるから大した奴だ。この映画は。

 

佐倉萌(女優『雷魚』)

何か夢を持っている事で安心感を持とうとしている姿。夢を追うからこそ不安定なのにね。
何が夢なのかわからないけれど、だけど夢はあるって言ってしまう。自分探しの旅に出る若者もそれに近い。
ラストに掛けて何だろうね、何だか静かに熱くこみあげた。これは誰に対してなんだろう?

 

北條誠人(ユーロスペース 支配人)

正直、戸惑った。

今、こんな映画を作る人がいるんだと、自分の心がひるんだ。敢えてこの演出で物語を語ろうとする姿勢にびっくりした。

なんか得体のしれない手に絡み取られてしまったという後味が強烈に残った。新鮮なのか時代に乗り遅れたのか、見てみないとわからない奴が出てきた。

 

松波太郎(小説家『廃車』『LIFE』)

途中で席を立ち上がろうとここまで思わせる映画もまれだ。これは酷評ではない。隔離された館内で居住まい正して映画を見る愚をわれわれに教えてくれる映画なのだ。だから立ち上がりたい観客はどんどん立ち上がり館外をめざせばいいと思う。

 

上野昂志(映画評論家)

青年は荒野をめざす、と言われたのはいつの時代だったか!?いまどきの青年は、じっと閉じこもってPCの画面に見入る。それは、かつての浪漫的な「荒野」など何処にもないと、訳知り顔の大人にいわれたからか・・。だが、それはホントか、と大木萠はいう。出てみなけりゃ、本当のところは何もわからないだろう、と。そして彼女は、その名の通り優柔不断な優介を、外へと押し出す。 その反時代的にも見える構えこそ良し!

 

椚田透(グラフィックデザイナー)

思うにほとんどの人が乗り越えられない壁の一つに曝け出す事がまずあると思うが、この作品はすでにそれを果たしている。この時点ですでに一丁前とも言えるのだ。

ホンも撮影も演技も演出も全部ヘタなんだけど、そのヘタさも内容の稚拙さも曝け出したという1点だけでこんなにも観るに耐えるものになるのかということに驚いた。

 

正津勉(詩人)

闇夜に花火は花開く?

ダメなアンチャンと、ダメなオッサンのダメダメ・ロック・グラフィティ!